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心を込めて『いただきます』『ごちそうさま』を

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

その絵本の帯に、一人の名も無い主婦のメッセージが書かれていた。

 「朗読を聴いて、うちのムスメが食事を残さなくなりました」

絵本に食肉加工センターの「坂本さん」という人が登場する。

実在の人物である。


坂本さんの職場では、毎日毎日たくさんの牛が殺され、
その肉が市場に卸されている。

牛を殺すとき、牛と目が合う。そのたびに坂本さんは、
「いつかこの仕事をやめよう」と思っていた。


ある日の夕方、牛を荷台に乗せた1台のトラックがやってきた。

「明日の牛か…」と坂本さんは思った。


しかし、いつまで経っても荷台から牛が降りてこない。

不思議に思って覗いてみると、10歳くらいの女の子が、
牛のお腹をさすりながら何か話しかけている。

その声が聞えてきた。

 「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ…」

坂本さんは思った。

 「見なきゃよかった」


女の子のおじいちゃんが坂本さんに頭を下げた。

 「みいちゃんはこの子と一緒に育てました。

  だけん、ずっとうちに置いとくつくもりでした。

  ばってん、みいちゃんば売らんと、お正月が来んとです。

  明日はよろしくお願いします…」


 「もうできん。この仕事はやめよう」

と思った坂本さん、
明日の仕事を休むことにした。


家に帰ってから、そのことを小学生の息子のしのぶ君に話した。

しのぶ君はじっと聞いていた。

一緒にお風呂に入ったとき、しのぶ君は父親に言った。

 「やっぱりお父さんがしてやってよ。

  心の無か人がしたら牛が苦しむけん」

しかし坂本さんは休むと決めていた。


翌日、学校に行く前に、しのぶ君はもう一度言った。

 「お父さん、今日は行かないけんよ!
  (行かないといけないよ)」

坂本さんの心が揺れた。

そしてしぶしぶ仕事場へと車を走らせた。


牛舎に入った。

坂本さんを見ると、他の牛とおなじように
みいちゃんも角を下げて威嚇するポーズをとった。

 「みいちゃん、ごめんよう。

  みいちゃんが肉にならんとみんなが困るけん。

  ごめんよう」

と言うと、みいちゃんは坂本さんに首をこすり付けてきた。


殺すとき、動いて急所をはずすと牛は苦しむ。

坂本さんが、

 「じっとしとけよ、
  じっとしとけよ」

と言うと、
みいちゃんは動かなくなった。


次の瞬間、みいちゃんの目から大きな涙がこぼれ落ちた。

牛の涙を坂本さんは初めて見た。


~~~~~


その小学校(熊本県)では、
助産師として日々キラキラと輝く命の誕生の瞬間に立ち会っている
内田美智子さん(福岡県行橋市)と、
酪農家が心を込めて育てた牛を
毎日解体している坂本さんのお2人をお招きして、
「いのち」のお話を聴くという授業をしたのだった。


その絵本は、坂本さんの話を聴いて
感動した内田さんが、
坂本さんにお願いして出版させてもらったのだそうだ。


その「いのちをいただく」(西日本新聞社)のあとがきに、
内田さんはこう書いている。

 「私達は奪われた命の意味も考えず、
  毎日肉を食べています。

  自分で直接手を汚すこともなく、
  坂本さんのような方々の悲しみも苦しみも知らず、
  肉を食べています。


  『いただきます』『ごちそうさま』を
  言わずにご飯を食べることは
  私たちには許されないことです。


  感謝しないで食べるなんて許されないことです。

  食べ残すなんてもってのほかです…」


考えてみたら、冷蔵庫って食べ物を腐らせないためにあるのに、
その冷蔵庫の中でいろんなものが腐ってはいないだろうか。

残さないで食べ切ることがどうしてこんなに難しいのか、
特に宴会やパーティーで。

坂本さんも内田さんも、ステキな人なんだろうけど、
このお2人を呼んだ小学校も
ステキな学校だなぁと思う。


今日いただくいのちに…合掌。
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編集 / 2014.01.31 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

駐車場サービスから学ぶオンリーワンの行動

カテゴリ: ├オンリーワンの行動事例

私は大学を卒業後、就職した会社をたった一日でやめました。


何のために働くのか、どうしてもわからなかったのです。


その答えを見つけるために、自分で会社をはじめました。


わからないながらも必死で働きましたが、何かがうまくいきません。


いつも中途半端で、本気になれない自分がいました。


夢を持つことができないまま、ただ毎日を過ごしていました。


当時私は事務所のある会社まで、毎日車で通っていました。


近くの駐車場には六十を過ぎたくらいの、管理人のおじさんがいました。


「おはようございます、今日も天気でいい一日ですね」


おじさんはいつも明るい笑顔で、年齢に似合わずシャキシャキと仕事をこなしています。


ある日、駐車場についたら、外はひどい土砂降りになっていました。


困ったなあと車から降りられずにいると、おじさんが走ってきました。


「傘忘れたんじゃない? これ持っていきなよ」


「でもそれっておじさんの傘でしょ?」


「私のことは気にしなくていいんですよ」


おじさんはいつもこんな調子で、お客さんのことばかり考えてくれる人でした。


駐車場は満車になることも多く、おじさんはいつも看板の前であやまっていました。


「満車です、申し訳ありません」


「やっと見つけたのにこまるんだよ!」、中には文句をいう人までいます。


「本当に申し訳ありません……」


おじさんはいつも車が見えなくなるまで白髪頭を下げ続けていました。


ある日、いつもと同じように車を止めようとしたとき、おじさんの笑顔がないことにきづきました。


「実は今週いっぱいでこの仕事をやめることになったんです」


「えっ!? どうしてですか?」


「妻が肺を患っているんです、空気のきれいな田舎で二人でのんびり暮らすことにしました」


「これまで本当にいろいろお世話になりました」


そういっておじさんは深々と頭を下げました。


「お世話になったのはこっちのほうですよ……」


私は何ともいえない寂しさをおぼえました。


今日が最後というその日、
私はおじさんへのちょっとした感謝の気持ちで、手みやげを持っていきました。


そして駐車場に着いたとき信じられない光景を目にしたのです。


小さなプレハブの管理人室の窓からは中がまったくみえません。


色とりどりの花束がたくさんつみあげられていたからです。


ドアの横には1メートル以上の高さになるほど、おみやげがつみ重ねられています。


たくさんの花束とプレゼントに彩られて管理人室はまるでおとぎの国の家のように見えます。


駐車場の中はたくさんの人でごった返しあちこちから声が聞こえてきます。


「おじさんいつも傘を貸してくれてありがとう!」


「あのとき重い荷物を運んでくれてとても助かりました!」


「おじさんにあいさつの大切さを教えてもらいました……」


人ごみの中心には笑顔のおじさんがいました。


みんなが次々とおじさんと写真を撮っています。


おじさんと握手をしてハンカチで目を覆っている人もいます。


おじさんは一人ひとりと目を合わせ何度も何度もうなずいていました。


私は列の最後にならんでおじさんと話す機会を待ちました。


「おじさんには本当に感謝しています、毎朝とても気持ちよく仕事に取りかかることができました」


「いえいえ私は何もしていませんよ、私にできることはあいさつすることとあやまることぐらいです」


「でも私はいつも自分が今やっている仕事を楽しみたい、そう思っているだけなんです」


仕事の最後の日、自分がこれまでどのように仕事に関わってきたのかをまわりの人が教えてくれる、
つまらない仕事なんかない、仕事に関わる人の姿勢が仕事をおもしろくしたりつまらなくしたりするんだ、
私はそんなことをおじさんから学びました。


働くすべての人が働くことの本当の意味に気づき、輝いた人生を送るきっかけになりますように。


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編集 / 2014.01.30 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

窓の外から見えるもの

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

ずいぶん昔のことですが、
アメリカのある病院の病室に7人の患者が入っておりました。

彼らは、死の宣告を受けた結核患者たちで、
自力では歩けない末期症状の者たちばかりでした。

 (当時、結核といえば死に至る病だったのです)

その病室は細長い形の病室で、横の壁の一番奥の方に、
小さな窓がありました。

そして、一番奥の窓際のベッドからのみ、
その窓の外が見えるのでした。

窓際のベッドに寝ていたのは、ジミーという男でした。

ジミーは毎日、窓から見える外の光景を、
他の患者たちに語って聞かせるのでした。

「おーい、みんな、
 今日は公園のチューリップの花が咲き始めたぞ。

 チョウチョウも飛んでるよ。」

「おーい、みんな、今日は子ども達が遠足だよ。

 みんな楽しそうだなー。

 あっ、手をつないでる子もいるよ。かわいいなあ。」


死を待つばかりの患者たちにとって、
ジミーが教えてくれる外の様子だけが、唯一の楽しみでした。


そんな中、一人だけ心がすさんだ男がいました。

入口から2番目のベッドに寝ているトムという男です。

「ジミーのやつ、いつも外の景色を独り占めしやがって。」


ある朝、みんなが目覚めてみると、
窓際に寝ていたはずのジミーがいません。


夜中のうちに、ジミーは亡くなったのです。

トムは「しめた」とばかりにほくそ笑み、

「俺を窓際のベッドに移してくれ」

と看護師たちに頼みました。

しかし、看護師たちが顔を曇らせて、
頼みを聞いてくれないので、
トムは声を荒げて怒鳴りました。


そこで、看護師たちは、
仕方なくトムを窓際に移すことにしました。

移してもらう間、トムはこう思いました。

「これで、外の景色を独り占めできる!

 俺は、お人好しのジミーのように、
 みんなに話してなんか聞かせないぞ。」


そして、窓際のベッドに移され、窓の外に目をやった瞬間、
トムは愕然としました。


窓の外に見えたのは、公園でもチューリップでもなく、
隣のビルの灰色のコンクリートの壁だったのです。


トムは一瞬にして、すべてを理解したのです。


「そうだったのか!
 
 ジミーは、俺たちの心を励ますために、
 この灰色の壁を見ながら、
 外の世界を想像して語ってくれてたんだ。」


その日からトムは、ジミーに負けないくらい想像力を働かせて、
外の光景をみんなに語り続けたのでした。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.29 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

イタリアンカフェ・ベーム

カテゴリ: ├カフェ

東大阪の布施にある、イタリアンも食べられるカフェです。


布施は飲食店が非常に多く、
カフェの数も非常に多い激戦区です。

駅前にスタバがあるので、人はそっちに集中していますが、
イタリアンカフェ・ベームは、
駅から少し離れたところにあるのと、座席が多いので、
あまり気兼ねすることなく、
ゆっくりくつろぐことができます。


イタリアンをコンセプトにするカフェなだけあって、
店内は女子受けしそうなお洒落な内装です。

もちろん、店内は女性ばかりです。

OLや主婦から女子高生まで、
幅広い年齢層に支持されています。

女子ばかりいるお店ですが、
いつもお客さんの数がそれほど多くないので、
僕みたいに男性一人で入ってケーキセットを食べていても、
それほど違和感はないと思います(笑)


ランチタイムに行くと、パスタセットを食べることができます。

前菜、スープ、何種類かあるパスタから一つ、
ドリンク、デザートまで付いて
1500円以内と、非常にリーズナブルです。

ただ、最近はここでパスタを食べなくなったので、
写真は割愛させていただきます。


僕はここへは、メイン料理を食べず、
スイーツと、カフェを飲んでゆっくりくつろぐために来ています。

布施のカフェ巡りも散々してきましたが、
カフェとスイーツの味で言えば、
この店が一番だと思います。

イタリアンカフェ・ベームは、スイーツの種類がかなり多く、
毎週違うものを食べる楽しみがあります。

イタリアンだけでなく、スイーツも非常に美味しい。


この店が勧めるスイーツは、シフォンケーキです。

パスタセットを頼んだ時のデザートにも付いているだけあって、
相当自信があるのでしょう。

そのシフォンケーキがこちら。

シフォンケーキ


こちらのシフォンケーキは、注文してから焼いてくれるケーキで、
ランチセットでは注文できず、
単品またはケーキセットでしか注文できません。

そんなこだわりがあるだけあって、
出来立てのふんわりとした食感にハマってしまいます。

シフォンケーキでは今まで食べ歩いた店の中で、
この店が一番美味いと思いました。


そんなシフォンケーキを一番に勧めてくれるベームですが、
実はもっと美味しいと思ったスイーツを見つけました。

それが、このチーズスフレケーキです。

チーズスフレ


このチーズスフレはやばいですよ(笑)

何がやばいって、
口の中に入れた時のとろけ具合がです。

チーズスフレは口の中で溶けていく柔らかさと、
口の中で広がる風味が大事じゃないですか。

その二つのどっちもが最高点なんですよ、
この店のチーズスフレは。


味はチーズケーキのようなしつこさ、チーズの濃厚な味がなく、
非常にさわやかで、
何度も口の中に運びたくなる中毒性があります。

大阪のチーズケーキと言えば、りくろーおじさんですね、
あんな感じのチーズケーキらしくない、
さっぱりとした風味です。


この店へ来たら、
シフォンケーキかチーズスフレケーキで間違いないです。

何度も布施に来れないなら両方いっときましょう(笑)

とりあえず、この店のシフォンケーキとチーズスフレケーキは、
今まで食べ歩いた中では、現時点で僕の中でNo.1です。

TAJIMA COFFEEといい、
地元にこんな美味しいスイーツが食べられるカフェがあるなんて、
僕は相当恵まれている気がします。


さて、あとはカフェの紹介ですね。

まあこちらはおまけみたいなもんですが、
この店に来るのは、やはりカフェモカがあるからですね。

カフェモカ


エスプレッソの苦味をほとんど感じることなく、
砂糖なしでも最後まで美味しく飲み干せます。

TAJIMA COFFEEのカフェモカほどではないですが、
僕の中では十分合格点です。

さらに甘みが欲しい人は、キャラメルラテがお勧めです。


毎週、お昼過ぎの仕事帰りにこの店で一服するのが
最近の定番コースになっています。

布施に立ち寄った際は、スタバで一服せずに、
是非ベームまで足を運んでみてください!


雰囲気:☆☆☆☆

座席数が多いおかげで、
平日・休日のランチ・ディナータイムともに余裕で座れます。

昼過ぎの人が少なくなるカフェ・タイムは、
暇そうな主婦しかいてませんから、非常に快適です。

これで分煙してくれたら最高なんですけどね。


味:☆☆☆☆

メイン料理のパスタ、
シフォンケーキやチーズスフレなどのスイーツ、
カフェメニューの充実と、
どれをとっても申し分ない味です。

僕は毎週通ってますが、
スイーツとカフェの種類が多いので、
毎週通っても飽きません。


価格:☆☆☆☆

ドリンクにしても、デザートにしても、
セットで注文できるのは非常に評価できます。

ランチセットなら、
普通はコーヒーか紅茶しか選べなかったりしますから。

セットでデザートを安く追加注文できるのがいいですね。

まあ、本当に美味しいスイーツは別に頼まないと食べれませんが。


布施にあるイタリアン、カフェでは、
雰囲気・味・価格ともに間違いなくトップクラス。

布施に来てスタバに行くなんてもったいないですよ。

是非ベームまで足を運んで、
極上のスイーツを堪能してください! ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

自分が好きですか

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

夫の転勤先の神奈川県で、
2歳と5歳の子どもたちに囲まれ、
幸せな毎日を送っていた雅世さんは、
いつものように肩こりの針治療に出かけました。

ところが、この日、誤って頚椎に刺された一本の針が、
彼女の人生を変えました。

雅世さんは危篤状態になって救急病院に運ばれました。


その後、生と死のはざまで、月日が過ぎていきました。

夫は、二人の娘を雅世さんの両親に預け、
一人暮らしをしながら、二年間、毎日病院へ通いました。

どうにか生命の危機を乗り越え、雅世さんの意識は戻りましたが、
彼女は一種一級の身障者になっていました。


「私は、もう動くことができないのか。娘を抱いてもやれないのか。

 でも、これが私の運命なら、誰をも恨まない。

 だから、せめて、娘たちが二人そろって、
 赤いランドセルを背負って小学校に通う姿を、
 この目で見届けるその日まで、生きていたい。」


そう思うと、雅世さんの目から涙があふれました。
しかし、その涙をぬぐおうにも、手が動かないのです。


そして、目だけしか動かせない、天井を眺めることしかできない彼女は、
誰かのためにひたすら祈ることを生きる糧にしようとしたのです。

「自分の心からの祈りが少しでも通じるように、この両手で合掌できれば。」

と考えた雅世さんは、医者にリハビリを懇願しました。


しかし、

「命にかかわることですから許可できません。

 どうしてもとおっしゃるなら、病院を替えて下さい。」

とのこと。

雅世さんは、自分の意志で神奈川リハビリ病院に移られたのでした。

血を吐くような苦しい訓練が始まりました。


そして、奇跡が起こったのです。

握力はゼロなのに、ついに両手を合わせることができたのでした!


その後、下の子も小学生になりました。

そして雅世さんは、一生、夫の重荷になっていくのは申し訳ないと考え、
ついに離婚を決意したのです。

雅世さんにとって、夫と子どもたちだけが、心の支えでした。

その夫と別れることは、どんなにか辛く寂しいことだったでしょう。

それに耐えて、雅世さんは、夫宛ての手紙を書きました。

「今なら、まだ間に合います。

 健康な女性と人生をやり直してください。

 あなたとの生活はほんとうに幸せでした。

 あなたを自由にしてあげることが、今の私にできるすべてです。」


病院へ駆けつけた夫は、車椅子に雅世さんを乗せて、
散歩させてくれました。

「今日の空はきれいだね」

と夫が言いました。

雅世さんは思いました。

『そうだ。私には、美しい空がある。

 おいしい空気もある。

 娘たちの笑顔もある。

 生きてさえいれば、いいことはたくさんあるんだわ。』

そして、夫に言いました。

「あなた、二度とここへは来ないでね。

 あなたは今日から自由よ。本当に幸せになってね。

 今まで、どうもありがとう。」


すると夫は、ふりしぼるような声で、力強く言いました。

「病気になった時こそ、ほんとうの夫婦になれるんや。

 寝たきりのお前と別れて、なぜ僕が幸せになれるんや。」



さて、その後、闘病生活11年の後、
雅世さんは退院することができました。

雅世さんは思いました。

「私、こんなに幸せでいいのかしら。

 恵まれ過ぎているわ。

 生きているって、なんて素敵なことなのかしら」


雅世さんは、次のようにおっしゃってます。

私が不自由なのは
神様が
私ならきっと耐えられると
思ったからです
私は
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編集 / 2014.01.27 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

泣いた赤鬼

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

ある山奥に、心の優しい赤鬼が住んでいました。

人間と仲良くしたいけれど、
自分の思いを受け入れてもらえない赤鬼のために、
友だちの青鬼は一計を案じます。

二人で芝居をしようと提案をするのです。
 
「まず、村で、僕(青鬼)が暴れる。
 そこへ君(赤鬼)がやってきて、僕(青鬼)を追い払う。     
 すると、人間は君(赤鬼)を信用するようになる」
 
という筋書きの芝居です。
 
「それでは青鬼くんにすまない」

としぶる赤鬼を青鬼は、村に無理やり引っ張っていって、
この計画は成功しました。
 
赤鬼は願いどおり村の人たちと仲良くなれます。
 
 
でも、青鬼はそれっきり姿を見せなくなりました。

あの芝居のときに、わざと自分で柱に額をぶつけて
具合を悪くているのかもしれないと心配した赤鬼は、
ある日、青鬼の家を訪ねてみます。

しかし、青鬼の家の戸は固くしまっていました。

その戸のわきに、手紙が貼りつけてあるのを赤鬼は見つけます。


「アカオニクン、ニンゲンタチトハ ドコマデモ ナカヨク 
 マジメニ ツキアッテ タノシク クラシテ イッテ クダサイ。
 ボクハ シバラク キミニハオメニカカリマセン。

 コノママ キミト ツキアイヲ ツヅケテイケバ、ニンゲンハ、
 キミヲ ウタガウ コトガ ナイトモ カギリマセン。
 
 ウスキミワルク オモワナイデモ アリマセン。
  
 ソレデハ マコトニ ツマナラナイ。
  
 ソウ カンガエテ、ボクハ、コレカラ タビニデル コトニ シマシ タ。 

 ナガイ タビニ ナルカモ シレマセン。 
 ケレドモ、ボクハ、イツデモ キミヲ ワスレナイ。
  
 ドコカデ、 マタ アウ ヒガ アルカモ シレマセン。
  
 サヨウナラ。
 キミ、カラダヲ ダイジニ シテ クダサイ。
   
 ドコマデモ キミノ トモダチ
                           アオオニ」
                          
赤鬼は、黙ってそれを繰り返し読みました。
 
そして、戸に手をかけ、顔をおしつけ、涙を流すのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

青鬼くん


おかえりなさい。
 
長旅で疲れてはいませんか。
持病の腰痛はだいじょうぶでしたか。

青鬼くん、本当にありがとう。
おかげで、ぼくは人間たちとやっと仲良くなれました。

でも、そのために青鬼くんがいなくなってしまうのは、
とても辛いことです。

ぼくは、人間たちに、本当のことを話します。

君がぼくのためにしてくれたこと。
そして、君がどんなに優しい鬼かということも伝えます。

きっと人間たちはわかってくれます。
君をあたたかく受け入れてくれます。

 
青鬼くん、君と会いたいです。

この後、君を探しに行きます。
でも、どこを探せばいいか、わかりません。

だから、君がここにまた帰ってくるのを期待して、
この手紙を書いているんです。

君と会いたいです。
いますぐにでも会いたいです。

帰ってきたら、すぐにぼくに知らせてください。
 
お願いです。お願いです。お願いです。
 
 
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編集 / 2014.01.26 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

今週のシステムの運用成績

カテゴリ: FX(システムの運用成績)

豪ドル円長期スイングトレード

トレードなし

2013年5月からの

トレード回数:2回
勝敗:2勝
勝率:100%
累計利益:1160pips
累計損失:0pips
最大ドローダウン:0pips
累計獲得pips:1160pips

NZドル円長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開

ユーロドル長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開


今週は週後半から大きな動きがあり、
米ドルでは104円から、
一気に102円台前半に円高・ドル安が起こりました。

円高の影響で、オージー・キウイ共に下降し、
ユーロはドル安の影響で上昇する動きとなりました。

オージー・キウイとも最近の最安値をあっさりとブレイクしたので、
おそらくこれから下降トレンドが始まるものと予想されます。

──────────────
● 編集後記
──────────────

記事を書き続けてすでに100日以上が経過しましたが、
よくこれだけ続いたものだなと自分でも驚きです。

3ヶ月(90日)も経つと、それが習慣になり、
やめることが逆に無理になってきました。

歯磨きをしないと寝れないのと同じく、
ブログを書かないと気が済まないのです。

とはいっても、いい加減な記事を書くのは僕のポリシーに反するので、
物語以外のどの記事も、
かなり時間をかけてクオリティとボリュームのある内容に仕上げています。


グルメ記事を読んで、是非食べに行きたくなりませんでしたか?

普通なら食べログのように、
日記風に「あー美味しかった」
で済ませればいいのですが、
どうしても紹介したかったのと、
どうしても一度は訪れてほしいという想いがあったので、
日記風にはせず、
思わず食べに行きたくなるように、
コピーライティングを意識して書いています。

なので、
じっくり時間をかけ、何度も推敲して、
かなり気合を入れて記事を仕上げています。

これは最近の記事に限らず、
どの記事もそう意識して書いているので、
一つの記事を書くのに非常に時間がかかります。

まあ別に今の生活に何の支障も与えてないし、
与えない程度に続けていこうと思います。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.25 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

葉山珈琲 珈の香 八戸ノ里店

カテゴリ: ├カフェ

大阪を中心に、全国にチェーン展開しているカフェです。


なぜ八戸ノ里店を紹介しようと思ったのかというと、
職場の近くという、ただそれだけの理由だからです(笑)

職場の近くで一息つける喫茶店はたくさんあるのですが、
毎週通いたいと思えるカフェが本当に少ない。

そんな中、この葉山コーヒーは自信を持ってお勧めできるカフェです。


店内はきちんと分煙していて、
ノンスモーカーにも配慮した親切設計です。

そのおかげか、店に来る人も、
若いサラリーマンよりは、
中高年、特に女性が多い気がします。


僕は毎週のようにこのカフェに通うのですが、
ここをお勧めする理由があります。


まず、ランチの値段が安いこと。

メイン料理(ハンバーグ・チキン・パスタのどれか)に、
ライス・サラダ・ドリンクまで付いて
なんと千円以内で食べられます。

それでいて、結構なボリュームがあり、
十分満腹感があります。

それから、何か料理を頼むと、
+100円で、この店自慢の豆乳ワッフルも食べられるので、
こちらもお勧めです。


以前はよくここでランチを食べに来てたのですが、
健康志向に切り替え、外食を控えるようにしたのと、
最近はこの店のフレンチトーストにハマってしまい、
そればかり食べるようになってしまいました。(結局外食しとるやん)

しかも、カフェと一緒に注文すると、
割り引いてくれるし、デザートまで付けてくれるのでお得です。

トーストセット


もちろんこれだけではお腹は膨れませんので、
僕はいつも玄米おにぎりと自家製豆乳ヨーグルトを
食べてからここに来てます。


スイーツはパンケーキが流行ってますが、
あれの何が美味しいのか全く理解できません。

それよりも、フレンチトーストがマイブームです。

フレンチトースト


中までしっかり卵液が浸透しており、
ふんわりとした食感が楽しめます。

トーストの食感と香ばしさを感じながら、
アイスクリームとメイプルシロップを合わせて食べれば、
口の中で素敵な甘さの三重奏を奏でてくれることでしょう。

TAJIMA COFFEEのフレンチトーストといい勝負してますので、
是非食べ比べしてもらいたい。


今回頼んだカフェは、いつものカフェモカ。

カフェモカ


でも味はスタバやTAJIMA COFFEEの方が上かも。


ここはカフェの種類が多いのでお気に入りです。

毎回違うコーヒーを注文して、
味の違いを楽しむことができます。


それから、カフェを注文した人の特権ですが、
その日の日替わりコーヒーを一杯無料でおかわりできます。

つまり、フレンチトーストにカフェを注文すれば、
デザートと日替わりコーヒーが無料で付いてくるということです。

これだけ贅沢にコーヒーが味わえて、
全部合わせて千円以内で収まるのだからお得過ぎます。


八戸ノ里は、ランチを食べれる外食産業の競合店が溢れている中、
この葉山コーヒーは隠れた穴場として、
非常にお勧めできる店です。

八戸ノ里にお越しの際には、
是非葉山コーヒーでフレンチトーストを食べて、
カフェを飲んで一服していってください!
(ランチセットもお勧めです)


雰囲気:☆☆☆☆

ランチタイムしか来たことはありませんが、
あまり混むことはなく、確実に座れます。

客層も中高年が多いので、
ゆるやかな雰囲気でいいですね。

スタッフも全員正装で、
注文の応対が丁寧なのが非常に好感を持てます。


味:☆☆☆

ランチ・スイーツ・カフェと、
どれをとっても満足できる味です。

それでいてランチはボリュームがあり、
お腹が満たされなくなることはまずないでしょう。

しいて言えば、ぶっちぎりに美味いカフェがないのが残念。


価格:☆☆☆☆

コストパフォーマンスは最高です。

ランチを頼んでもコーヒーが付くし、
カフェを頼めばさらに日替わりのコーヒーを一杯無料にしてくれます。

ブラックで飲めば目覚めもスッキリでしょう。


毎週通っているお気に入りのカフェで、
僕の中では殿堂入りです。

といっても、職場の近くになければ通わないでしょうが(笑)

やっぱりTAJIMA COFFEEの方が上だから、
そっちに通ってしまいますね。

八戸ノ里でどこでランチを食べようか、
どこで一服しようか迷った時には是非どうぞ。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.24 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

TAJIMA COFFEE

カテゴリ: ├カフェ

大阪市生野区にあるカフェです。

生野区という大阪市の中でもローカルな街中に、
ひときわ存在感を放つのがこのお店です。


生野区の田島という地域は、
昔から眼鏡レンズが有名で、
登山家でありプロスキーヤーでもある、
世界最高齢でエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎さんも
この田島の眼鏡を使っています(店内に写真あり)。


その田島レンズ屋であるTALEXの店に
隣接するカフェがTAJIMA COFFEE。

コーヒー店なのに、
レストランほどの大きさのある外観。


それもそのはず、実は以前、
ここはケンタッキーフライドチキンがあったからです。

全然人が入っていなかったので、
いつか潰れるだろうなとは思ってましたが、
その跡地にこんな素敵なカフェが誕生するとは
思ってもみませんでした。

ただ、アクセスが悪過ぎて、
車かバスを使わないと来れません。


さて、そんなTAJIMA COFFEEですが、
店内は照明をやや落とし、
全体的にウッド調になっていて、
ラウンジ系にアレンジされたジブリの音楽がゆるやかに流れる、
非常に落ち着いた雰囲気となっています。

店内


一人で来ても気兼ねなく座れるカウンター席が多数用意されています。

窓側だと、自分の席の明るさを調整できるランプと、
コンセントが用意されていて、
携帯の充電やパソコンを使うのに便利です。

もう一方のカウンター席は、
バリスタ専用の調理場が目の前にあり、
こちらはアームレスト付きチェアで、
何とも贅沢な気分に浸れます。


外にもテラス席が用意されていて、
春や秋など温暖な季節には
外でくつろぐのもありです。

外は大通りに面しているので、
雰囲気は全然ありませんが(笑)


スタッフは全員正装で、
エプロン着けただけて接客するスタバとは違い、
非常に好感が持てます。

とまあ、雰囲気だけですでにカフェの中ではトップクラス、
少なくとも僕が今まで通ったカフェの中では
大阪No.1です(これは言い過ぎか)。


TAJIMA COFFEEはカフェだけでなく、
メインフードも充実しています。

ランチとディナーではメイン料理は違っていて、
ディナーは豪華な分、その辺のレストラン以上に値が張るので、
お勧めはやはりランチです。


パスタも美味しいですけど、
個人的にはチキンカレーがお勧めです。

カレー全体


メインのチキンカレーに、
サラダ、フォカッチャ、ラッシーがついています。

まずチキンカレーから。

チキンカレー


イタリアン米を使っていて、
パサパサした食感が特徴です。

しかし、これが意外とチキンカレーと合います。


ルーに対するライスの量が圧倒的に少ないので、
フォカッチャもカレーにつけて食べます。

フォカッチャ


ラッシーも濃厚で味わい深くて良いですよ。


全体的な量として満腹感はあまり満たされないので、
追加でパンを注文してもいいと思います。

でも、ここに来たならパンよりもフレンチトーストを注文しましょう。

その名も「絶品フレンチトースト」

フレンチトースト


「絶品」と名がつくほどにこだわりのあるフレンチトーストで、
なんと2日間もトーストを卵液に寝かしているみたいです。

トーストの中までしっかり卵液が浸透していて、
外はカリカリ、中はふっくらとした食感が楽しめます。

そのままでも十分美味しいし、
メープルシロップをつけて食べると、
より一層トーストの香ばしさが引き立つ感じがします。

この店に来たら、フレンチトーストは絶対食べるべきですね。


そんな料理に力を入れているTAJIMA COFFEEですが、
カフェも味は上質です。

僕はカフェに行くと、
その店にカフェモカがあれば必ず注文するくらい、
カフェモカが好きです。

いろんな店のカフェモカを飲み歩いてきましたが、
ここのカフェモカが僕の中では一番です。

カフェモカ


エスプレッソにチョコフレイバー、
苦さを抑えるため、というか
甘さを出すために生クリームとチョコソースが入っています。


たいていの店のカフェモカは、
最初は生クリームのおかげでやや甘めなのですが、
生クリームがなくなると、
途中からエスプレッソの苦いコーヒーになってしまって、
美味しさが半減してしまいます。

しかし、ここのカフェモカは、
苦味と甘味が分離せず、苦味の中に甘味が引き立ち、
そのバランスが絶妙な具合に入り混じっています。

大人の男性に合いそうな、
コクのあるビターチョコレートコーヒーといったところでしょうか。


ランチタイムに、フレンチトーストを食べ、
カフェモカを飲みながら携帯ゲームをするのが
最高の至福の時間です(笑)


長々と語ってしまいましたが、
それだけTAJIMA COFFEEは、
僕が今まで行ったカフェの中で、
最高ランクに値するということです。

こんな店が近くにある僕は幸せ者だと思います。

大阪にお越しの際には、
TAJIMA COFFEEで一息くつろいでみませんか?


雰囲気:☆☆☆☆

平日はいつでも空いています。

休日のランチタイム・ディナータイムはやや混雑しますが、
席の数が多いので、あまり待たされることなく
すぐに座れます。

その代わり、スタッフが忙しそうで、
なかなか注文を頼むチャンスがありません。

呼び鈴でも置いてくれたら便利なんですけどね。

まあそれは差し置いても、
雰囲気、居心地は抜群で、
一息休憩するには最高の環境です。

長居してだべってるだけのうるさい学生や、
子どもが騒ぎ立てそうな家族連れは皆無ですから。

最高ランクの☆を5つにしても良かったのですが、
分煙していないのと、
スタッフがなかなか注文を取りに来ず、
気が利かないので1点減点です(笑)


味:☆☆☆☆☆(カフェモカ)~☆☆☆☆(その他の料理)

千円以内で食べられる料理はどれも申し分ない味です。

カフェモカが今まで飲んだ中で一番美味しいと思ったので、
最高ランクの☆5つをつけました。

カフェモカ以外のカフェもどれも美味しいのですが、
ここへ来るとやはりカフェモカを飲んでしまいますね。


価格:☆☆☆

どの料理も値段は高めですが、
十分値段に相応する味だと思います。

カフェモカ一杯がフレンチトーストより
高い店なんてあるのだろうか(笑)


週に一度か、2週間に一度は通っている名コーヒー店。

職場の近くにあれば、毎日のように通ってしまうでしょうね。

是非チェーン展開して、都市部や全国各地に進出してほしいです。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.23 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

COCO'S(ココス)

カテゴリ: ├カレー・ナン

全国チェーン展開しているファミリーレストランです。


店舗数はロイホより多く、
大阪や東京などの大都市だけでなく、
福井市や岐阜市などの地方都市にも店舗を構えています。

休日はランチタイム・ディナータイムとも、
家族連れで賑わっています。。

価格はガスト以上、ロイホ以下といったところでしょうか、
そこそこ安くてそこそこ美味しく、
地方都市に行った時、何を食べるか迷った時は、
必ずここへ行きます。


ファミリーレストランらしく、
ハンバーグ・ステーキからパスタ・デザートまで、
豊富な料理を取り揃えています。

ほとんどの料理が千円以下で食べられ、
家族のお財布にも優しいですね。

それでいて、味は問題なく、
どれを選んでも後悔することはないでしょう。


この店に行く理由は二つあります。


一つは、カレーがとても美味しいこと。

それからもう一つは、カフェが充実していて、味も良いこと。

どちらもロイホと比べると、やや見劣りしてしまいますが、
味としては十分合格点です。


まず、特製ビーフカレーから。

カレー分け


このように、分けて出してくれます。


これをライスの上にかけると、

カレーかけ


大きなビーフの塊がいくつも乗っていて、
食べ応えがありそうですね!

ココスのビーフカレーは、ホテルのカレーのように、
とても濃厚な味わいがあり、
適度にスパイシーな辛さがさらに食欲を書き立ててくれます。

ビーフもたくさん入っていて、
とても歯応えのあり、カレーとの相性も抜群です。


食後はカフェタイム。

カプチーノ


お勧めは、カプチーノです。

カフェラテもあり、両方飲み比べた感じとしては、
カプチーノの方が美味しい気がします。

ココアは甘ったるいので、甘党な人にはいいかもしれません。


食後にはデザートを食べたくなると思いますが、
ここのデザートは可もなく不可もなくといったところです。

まあ別に無理して食べる必要はないでしょう(笑)


ということで、地方に旅行へ行った際、
夜遅くに出かけて周りの飲食店が閉まっててどうしようもなくなった時は、
ココスを探してみてください。

県庁所在地があり、大きな国道が通っていれば、
大抵ありますから。


雰囲気:☆☆(休日)~☆☆☆(平日)

休日は、ランチタイム・ディナータイムとも、
家族連れで賑わい、待たされることがあるので、
早めに入るようにしましょう。

平日は割と空いているので、
ランチタイムに行って、カフェを片手に
時間潰しをするには最高の環境です。


味:☆☆☆

悪くはないのですが、
やはりロイホのビーフジャワカレーには勝てませんね。

ただ、月一で食べたくなる味で、
ハマると病みつきになりますよ。


価格:☆☆☆☆

コストパフォーマンスはかなり良いです。

千円以内でお手軽に美味しいランチが食べられ、
カフェ飲み放題のあるレストランとしては、
一番お勧めです。


チェーン展開しているレストランでは、
ロイホ・ジョリパ・ココスが僕の中では三強です。

どこへ行っても、カフェの味が良く、飲み放題なので、
時間潰しには最高です。

毎週、平日か休日の昼間は
これのどこかに通ってる気がします(笑) ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.22 / コメント: 0 / トラックバック: 2 / PageTop↑

Marco Buono(マルコ・ボーノ)

カテゴリ: ├パスタ・ピザ

大阪市生野区にあるイタリアンレストランです。


去年(2013年)、僕の地元にできた新しいイタリアンレストランで、
何かの系列店かと思いきや、
ここだけにしかないお店です。

イタリアンには欠かせない、
石釜焼きピッツァと、
最近流行りの生パスタが特徴で、
他にも豊富な種類のワインを取り揃えています。


北巽は、安さが売りのサイゼリア、
お手頃な価格でイタリアンを楽しめるジョリー・パスタ、
それにマクドにフレンドリー、丸亀製麺と、
外食産業の競合店がひしめき合う中で、
果たして生野区民に受け入れられるレストランとなりえるか、
大変興味深いところです。


ただ、平日も休日も、
ランチタイムもディナータイムも、
一度も待たされることなく座れるところから、
お客さんの入りはもう一つな感じがします。

ジョリパの方は常に人がいっぱいなのに・・・。

しかし、味は確かなので、
どうか潰れずに持ちこたえてほしいものです。


マルコ・ボーノの一押しは、
やはり何と言っても生パスタに限ります。

もちもちとした食感が特徴で、
うどんのように噛み応えがあります。


この店のお勧めのメニューは、
最近流行りのワタリガニのトマトクリームスパゲッティーです。

ワタリガニのトマトクリームスパゲッティ


他のイタリアンレストランでは、
申し訳程度にカニの身が入っているのですが、
こちらの店ではカニの身がぎっしり入っていて、
食べ応えが十分にあります。


それから、クワトロフォルマッジのピッツァ。

とろ~りチーズとはちみつ!クワトロフォルマッジ


クワトロは4という意味ですが、
4種類のチーズが入っていて、
そのまま食べても濃厚な味が楽しめるし、
はちみつをかけて食べても、
非常に相性が良いです。


僕はいろんなイタリアンレストランで、
ピザ(特にマルゲリータ)を食べてきましたが、
ここのマルゲリータピザが一番美味しいです。
(残念ながら写真は撮ってませんが)

濃厚なチーズの味と香り、
オリーブオイルとバジルのハーモニー、
ピザ生地のカリカリ・サクサクッとした食感、
それらが絶妙な具合に溶け合っています。


締めはドルチェといきたいところですが、
ここのティラミスはあまり美味しくないので、
別に食べなくてもいいです(笑)

その代わり、この店の裏メニューである、
チョコレートが入ったカルツォーネは絶品です。

カルツォーネ


なぜ裏メニューなのかというと、
元々メニューにあったのが、いつの間にかなくなっていたからです。

ダメ元で頼んでみたら、あっさりオッケーをもらいました。

さすが腕のいいシェフなだけあって、
お客さんの無理な注文にも応じてくれる姿勢が素晴らしい。


カルツォーネというのは、生地はピザと同じなのですが、
写真のように、三日月の形をしているのが特徴で、
中に熱々で濃厚なチョコレートがぎっしり入っていて、
ナイフで切るとトロトロと溢れ出てきます。

これをアイスクリームと一緒に食べると、
口の中が濃厚なチョコレートの香りと、
アイスクリームの甘さが広がり、
最高に絶妙なハーモニーを醸し出してくれます。


言葉で上手く表現できないのがもどかしいのですが、
とにかく今まで食べたイタリアンドルチェの中で
最高傑作と言っていい味だということは間違いないです。

なぜメニューから外してしまったのかは謎ですが、
量が多過ぎるので一人では食べきれないからでしょうか。
(それが理由なわけないか)


そんな感じで、パスタ・ピザ・ドルチェ(ただし裏メニューに限る)
のどれをとっても満足のいく味なので、
生野区、北巽にお越しの際には是非お立ち寄りください!
(ってこんなローカルな街にわざわざ来ることはないか)


雰囲気:☆☆☆

いつ行っても席は空いていて、
混むことはなくすんなり入れます。

何と言っても、スタッフの対応がとても素晴らしく、
あらゆる外食産業の従業員が見習うべき姿勢が多いです。


味:☆☆☆☆

以前に紹介した、ドルチェ・モスカートといい勝負してます。

ピザとドルチェはこっちの方が美味く、
パスタは、あっちの方が量が多く
具剤もスープ・ソースも多いので、
向こうに軍配が上がるかな。


価格:☆☆☆

価格はジョリパの1.5倍くらいで、
パスタとピザを頼むと二千円を超えるので、
僕ら一般庶民には敷居が高いですね。

10代の学生がだべっている光景は皆無です。

そんなにしょっちゅう食べに行けませんが、
数ヶ月に一回は行きたくなるお店です。


ただ肝心のカフェ(カプチーノ)がもう一つだからなあ。

毎週通ってカフェを飲みながらくつろぐ、
ってスタイルができないのが残念。

でも生野区のイタリアンでは間違いなくNo.1でしょう。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.21 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

カトマンドゥカリー PUJA(プジャ)

カテゴリ: ├カレー・ナン

大阪と兵庫にチェーン展開するインド・ネパール料理店です。


高槻、三田、宝塚、六甲、甲子園と、
立地的にやや富裕層を狙った店舗展開をしています。

そのせいか、値段もやや高めで、
千円以内でお腹いっぱいに食べられる店ではありません。


それでも、味の違いが分かる人が来るんでしょうか、
平日も休日も、昼も夜も常に人が入っています。

値段はカレーだけでも千円は超えます。

これにナンやら他の料理も頼むと
結構な値段がしますので覚悟してください。

といってもぶっちぎりに美味しいので、
しょっちゅう食べに行ってしまうんですよね。


店構えとしては、どこの店も、家の中に店があるといった、
アットホームな雰囲気があります。

本当に人の家にお邪魔しに来たような感覚になります。


インド・ネパール料理といえばカレーですが、
僕はカレーよりもナンにこだわっています。


ふっくらとして、外はカリカリとしていて、もちもちっとした食感と、
口の中に広がる甘みのある風味。


以上を満たすナンを作ってくれる店が本当に少ない。

大阪を中心に、いろんなインド・ネパール料理店を食べ歩きしましたが、
紹介したいと思う店はごくわずかです。


その中でも、プジャはカレーだけでなくナンにもこだわっていて、
他の店とは一線を画しています。

そんな美味しいナンがこちら。

プレーンナン


先ほど僕が挙げた条件を全て満たしています。

そのままでも余裕で食べられます。

それでいて、かなりのボリュームで、
一枚あれば十分、おかわりはいりません。


続いて、チーズナン。

チーズナン


このように切って出してくれるのですが、
ナンの中にチーズが入っていて、
中からとろけるチーズが溢れ出してきます。

このとろけるチーズの口溶けの良い食感と、
口の中に広がる濃厚な風味、
これにナンのカリカリ・もちもちの食感が
絶妙な味わいを生んでいます。


この店は、このチーズナンだけでも食べに来る価値はあります。

カレーにつけてもつけなくても美味し過ぎるからです。

本物のチーズナンというものを食べてみたい人は、
是非プジャのチーズナンを食べてみてください。


雰囲気:☆☆☆

ファミリーよりは、カップルや女子、
年齢層はやや高めで、
時間やお金が余ってそうな、
富裕層が多い気がします。

平日に行っても休日に行っても、
昼も夜も混むので、
早めに行くことをお勧めします。


味:☆☆☆☆

カレーもナンも、
数あるインド・ネパール料理店の中でトップクラスです。

ドバイの一流ホテルで働いていたシェフが開いた店らしく、
味も一流です。

美味しくないわけがありません。

特にチーズナンは是非食べてもらいたい。


価格:☆☆☆

価格は高めですが、値段相応か、それ以上の味です。

食べ放題のプランもあるので、
いろんな種類のカレーとナンを堪能できますよ。


カレーよりもナンを食べに来る店です。

ここへ来ると、チーズナンの常識が覆るかもしれません。

本物のチーズナンというものを食べたい方、
大阪か兵庫へお越しの際には、
この店に是非一度お立ち寄りください! ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.20 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

坊や、ありがとう。

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

入学式の日、その子の席のとなりに、
小児麻痺で左腕が不自由な子が座りました。

お母さんの心は揺れました。

この子(弟)は、家では知的な障害をもつ兄がいるために
いろいろ苦労して、
学校では、小児麻痺のお友だちが横にいる。

なんてかわいそうなことだ、
いっそ学校を転校させようかと夫婦で悩みました。



最初の体育のときでした。

手が不自由な小児麻痺の子は、
着替えるのに30分もかかってしまいました。

でも、時間がかかっても、
先生は、何も言わずこの子を放っておくことにしました。



でも、二度目の体育の時間には、
この子も他の子といっしょにきちんと並んで待っていました。

どうしてだろうと思った先生は、
次の体育の前の休み時間に、そっと陰から見ていました。

すると、隣の子(弟)が、一生懸命に
手の不自由な子が着替えるのを手伝ってあげていたのです。

そして、その子が着替え終わると、
二人で校庭に元気よく駆け出していったのです。

先生は、やはり何も言わずに見守ることにしました。



七夕の日のことです。

ちょうど授業参観日でした。
 
先生は子どもたちに願い事を書かせて、それを教室の笹に
下げておきました。
 
お母さんたちが集まったところで、先生は、一枚一枚、
短冊を読んできました。

一年生ですから、「あのおもちゃかってちょうだい」
「おこずかいちょうだい」というようなことが書いてありました。



その中に一枚だけ、こう書かれていました。

「かみさま、ぼくのとなりのこのうでをなおしてあげてください」

あの弟が書いたのものでした。

先生は、この一途な祈りを読むと、もう我慢できなくなって、
あの体育の時間のことを、お母さんたちに話しました。



小児麻痺の子のお母さんは、子どもがどんなに教室で
不自由しているのだろう、迷惑をかけているのだろう、
申し訳ないことをしてしまったと、
教室に入れずに、廊下からじっと様子を見ていました。

が、先生の話を聞いたとき、突然、廊下から飛び込んできました。

教室に入るなり、ぺったりと床に座り、
この弟の首にしがみついて絶叫しました。

「坊や、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう。・・・・」

その声がいつまでも教室に響き渡ったそうです。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.19 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

今週のシステムの運用成績

カテゴリ: FX(システムの運用成績)

豪ドル円長期スイングトレード

トレードなし

2013年5月からの

トレード回数:2回
勝敗:2勝
勝率:100%
累計利益:1160pips
累計損失:0pips
最大ドローダウン:0pips
累計獲得pips:1160pips

NZドル円長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開

ユーロドル長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開


先週の雇用統計の後、
米ドル円は大きく円高方向に動きましたが、
すぐに105円近くまで戻り、
かなり大きな上下動となりました。

ファンダメンタル分析では
円高に動いて間違いないのですが、
これだけダイナミックに戻されると
デイトレーダーは翻弄されてしまいますね。

それにしても豪ドル円は動きませんね。

NZドルと豪ドルは相関関係があるのですが、
最近は豪ドルが動かず、
NZドルはひたすら最高値を更新している状況です。

──────────────
● 編集後記
──────────────

先週からハート・ウォーミングなストーリーを紹介していますが、
このネタだけでも50以上あります。

なので、記事のネタに困った時、
記事を更新できる暇がない時は、
このお話を紹介しようと思います。

それで早速ですが、
この記事を配信している頃には、
岐阜県でスノーボードをし、
翌日にはどこかのお城巡りをしていると思うので、
おそらく日曜の記事は予約配信しているかもしれません。

もうそろそろ新たなカテゴリを作るのはやめて、
今までのテーマの記事も増やしていこうと思います。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.18 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

崖の上の野菜

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

ある小学校に養護教諭のA先生がいました。

彼女の保健室には、学校に来るとすぐにお腹の痛くなる子や
頭の痛くなる子がよくやってきました。

「授業がわからない」
「おもしろくない」

と、その子たちは言います。

なかでも小学4年生のKくんは、
A先生が最も気になる子でした。

「おれ、バカだから・・・」
「おれ、ダメだから・・・」

それが彼の口ぐせでした。

その度に、A先生は、

「あなたは、バカじゃないよ。
 ダメじゃないよ。いい子だよ」

と言ってあげるのですが、Kくんはうつむいているばかりです。

Kくんの心にどうしても入り込めない、それがA先生の悩みでした。


Kくんは、夜の勤めしているというお母さんと二人暮しでした。
学校を転々とし、A先生の学校にも1カ月前に来たばかりでした。

 
体は細く、着ているものは、毎日同じ。
クラスの皆からは臭いと言われ、
勉強では、掛け算九九やひらがなの文字まで時々間違えました。

陰でいじめを受けているようでしたが、
Kくんは、はっきりそうだとは言いません。

 
ある日、Kくんが教室で爆発しました。
 
クラスメートに母親の悪口を言われて、
ついに押さえきれなった彼は、
椅子を持ち上げ振り回して、何人かの子にケガを負わせたのです。

ケガはたいしたものではありませんでしたが、
その子らの親たちは騒ぎ立てました。

教室で暴力をふる子やそんな子を育てた親も、
絶対に許しておけない、というすさまじい剣幕でした。


結局、Kくんとお母さんは、
その学校に居ることができなくなりました。

別れの日、Kくんは教室には行かず、
A先生の保健室にだけやってきました。

手には新聞紙に包んだ野菊をもっていました。
新聞紙からは土をつけた細い根っこがはみだしています。


「学校に来る途中の崖の上に咲いとったんよ。
 きれいだなって思って、
 前から、先生にあげたかったん・・・」

「わたしに? どうもありがとう」

A先生がきょとんとしているのを、
Kくんは勘違いしたのか、うつむいたまま言いました。

「おれ、大人になって、お金もらえるようになったら、
 もっといい花、買ってあげる」

「何いってるの、これが一番、いい花だよ」

KくんがA先生の顔を見上げました。

「先生も、この花、好き?」

「うん、好きだよ。Kくんがくれる花は、みんな好きだよ」

Kくんは、またうつむいてしまいました。

床に、ぽとりと涙が落ちました。

いじめられても、暴れても、
人前で泣かなかったKくんが初めて見せた涙でした。


「先生、おれ、ダメな子じゃない?」

「ダメな子じゃないよ。いいところいっぱいあるよ」

A先生は、しゃがみこんで
Kくんの涙で濡れた頬を両手で包んであげました。
 
Kくんの瞳は、眩しいくらい輝いていました。

「先生、おれ、これから、ちゃんと勉強して、
 母ちゃんに心配かけないようにする。
 それで、先生みたいな、看護婦さんみたいな人になる」

「看護婦さんみたいな人?(笑)うん、なれるよ。絶対なれる」

Kくんの細い体を抱き寄せると、
A先生の目からも涙があふれてとまりませんでした。


それ以後、A先生はKくんに会っていません。

でも、A先生は、Kくんのくれた野菊を押し花にして、
ときどき取り出しては眺めます。

そして、その度に、Kくんもお母さんもどうか元気でいますようにと
そっと心で手をあわせるのです。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.17 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

手紙 ~親愛なる子供たちへ~

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても


どうかそのままの私のことを理解してほしい



私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても


あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい



あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても


その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい



あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は


いつも同じでも私の心を平和にしてくれた



悲しいことではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと


励ましのまなざしを向けて欲しい



楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり


お風呂に入るのを嫌がるときには思い出して欲しい



あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて


いやがるあなたとお風呂にはいった 懐かしい日のことを



悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に


祝福の祈りを捧げて欲しい



いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない


足も衰えて立ち上がることすらできなくなったなら


あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けをもとめたように


よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい



私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないでほしい


あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど


私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい



きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです



あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように


私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい



あなたが生まれてくれたことで、私が受けた多くの喜びと


あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい



私の子供たちへ


愛する子供たちへ


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編集 / 2014.01.16 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

ある薄幸な少女

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

私は、津軽の弘前の旧制高校に行った。

時代はちょうど戦争の最中。


戦争が終わったときは、18歳だった。

ある日、一人のアメリカ人牧師が、私を訪ねてきて言った。

「いま日本には孤児がたくさんいます。
 
 私たちだけではとても 手がまわりません。

 あなたも、子どもたちの面倒をみてもらえませんか」

私は快く引き受けた。


翌朝、牧師さんがやってきた。

私はその姿を見て、腰をぬかさんばかりに驚いた。

牧師さんは、下は3歳から上は13歳までの浮浪児を
68人も連れてきたのである。

18歳の私は、こうして68人の父親代わりになった。


与えられたのは、窓ガラスが割れ放題の兵舎。

私は毎朝3時に起きて68人分の朝食と
学校に通う30人分の昼の弁当を作った。

そして夕食も作った。


そのうち津軽に冬が来た。

粗末な兵舎は想像を絶するような寒さだった。

私が板張りの上に寝具をしいて大の字に寝ると、
そのまわりに小さな子どもたちが何人も集まって寝た。

肌を寄せ合い、そうして寒さを凌いだ。


私が毎日、必死に面倒を見なければならない
68人の子どもの中に、 一人の少女がいた。

その子は精薄児だった。

名前も年齢も、両親の名も、どこから来たかもわからない。

たぶん、12、3歳くらいだったろうが、やせていて背も低く、
おまけに耳が聞こえず、ほとんどしゃべれなかった。


しかし、この少女は68人の中で誰よりも素晴らしい能力を
発揮してくれたのである。

それは洗濯だった。

68人分の洗濯をこの少女は、毎日、朝から晩まで
黙々とやってくれた。

洗濯機などない。

すべて手洗いである。

彼女の手はしもやけとアカギレで饅頭のようにふくれあがり、
しかも血だらけだった。


私はこの少女にに何かお礼がしたいと思った。

しかし、アメ一つ、せんべい一つない生活である。

私が「ありがとう」、小さな子たちが「おねえちゃん、ありがとう」
と言うと、おそらく態度でわかるのだろう、かすかに微笑してくれた。

それが、その子にしてあげられるただ一つのお礼だった。


その後まもなく、孤児院を世話する後継者が何人か現われ
私はその孤児院を去った。


その一週間後、少女は、施設の門の前で車にはねられて即死した。

耳が不自由だったあの子は、クラクションの音に気づかなかったのだろう。


だが、私はこの幸薄い少女との交友を通して学んだことがある。

それは神様は、どんな人間にも、1つだけは、
他人にない素晴らしい才能を与えてくださっているということである。

あの子は洗濯をすることで自分のもっている才能を発揮した。

あの子はその才能を自分のためにも生かし、
67人の子どもたちにも分け与えて死んでいった。


私はいまでも、あの子は、今日も天国のどこかで
きっと皆の洗濯をしてやっていると信じている。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.15 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

WALKING TOUR

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

僕たちは歩いている
 

時間軸を 過去から未来へ

 
ずっと歩いている
 

一人で歩いてるわけじゃない
 

家族、友人、恋人

 
みんな一緒に歩いている

 
それは永遠に続くようで

 
続かないこともある

 
足を止めてしまった人とは
 

もう一緒に歩くことはできない

 
だけど

 
その人は

 
「いなくなった」わけじゃなくて

 
そこに立っている

 
ずっとそこにいて

 
僕たちが歩くのを見ている
 

いなくなったんじゃない

 
いつまでもそこにいるから

 
安心して

 
僕たちは歩き続けよう
 

そう 本当は

 
「いなくなった人」なんていない
 

みんな そこにいて
 

僕たちが歩くのを応援してる
 

だから

 
歩け!

 



「ずいぶん歩いたなあ・・・」


「さすがに疲れた・・・」


「そろそろ・・・」


「立ち止まっても・・

 いいか・・な」


「ふう・・・」


 トントン

 
「やっと逢えたね」「あ・・・」
 

「あれ? 俺、君が止まってから

 随分歩いたと思うんだけど

 なんですぐ後ろに?」


「人間が一生に歩く距離なんて

 振り返れば短いものなの」


「なーんだ、もっとのんびり歩いてもよかったかな」


「それよりも、ほら、あなたの家族が・・・」
 

「まだあなたを見てますよ」

 
「・・・コラ! 後ろばっかり見てるとつまずくぞ!」


「前を向いて・・・」

 
「しっかり歩け!!!」 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.14 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

僕を支えた母の言葉

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

僕が3歳のとき、父が亡くなり
その後は母が女手ひとつで僕を育ててくれた


仕事から帰ってきた母は
疲れた顔も見せずに
晩ごはんをつくり
晩ごはんを食べた後は内職をした

毎晩、遅くまでやっていた

母が頑張ってくれていることはよくわかっていた


だけど僕には不満もいっぱいあった

学校から帰ってきても
家には誰もいない

夜は夜で
母は遅くまで内職

そんなに働いているのに
わが家は裕福じゃなかった

遊園地にも連れて行ってもらえない

ゲームセンターで遊ぶだけの小遣いももらえない

テレビが壊れた時も半年間買ってもらえなかった


僕はいつしか
母にきつく当たるようになった

「おい」とか
「うるせー」とか
なまいきな言葉を吐いた

「ばばあ」と呼んだこともあった

それでも母は こんな僕のために頑張って働いてくれた

そして 僕にはいつもやさしかった


小学校6年のとき
はじめて運動会に来てくれた

運動神経の鈍い僕はかけっこでビリだった

悔しかった

家に帰って母はこう言った

「かけっこの順番なんて気にしない
 お前は素晴らしいんだから」

だけど僕の悔しさは
ちっともおさまらなかった


僕は学校の勉強も苦手だった

成績も最悪

自分でも劣等感を感じていた

だけど母は
テストの点や通知表を見るたびに、やっぱりこう言った

「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」


僕には何の説得力も感じられなかった

母に食ってかかったこともあった

「何が素晴らしいんだよ!?どうせ俺はダメな人間だよ」

それでも母は
自信満々の笑顔で言った

「いつかわかる時が来るよ、お前は素晴らしいんだから」


僕は中学2年生になったころから
仲間たちとタバコを吸うようになった

万引きもした

他の学校の生徒とケンカもした

母は何度も学校や警察に呼び出された

いつも頭を下げて

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と、あやまっていた


ある日のこと
僕は校内でちょっとした事件を起こした

母は仕事を抜けだし
いつものようにあやまった

教頭先生が言った

「お子さんがこんなに“悪い子”になったのは

 ご家庭にも原因があるのではないでしょうか」


その瞬間 母の表情が変わった

母は 明らかに怒った眼で教頭先生をにらみつけ
きっぱりと言った

「この子は悪い子ではありません」

その迫力に驚いた教頭先生は言葉を失った

母は続けた

「この子のやったことは間違ってます
 親の私にも責任があります。
 
 ですがこの子は悪い子ではありません」


僕は思いっきりビンタをくらったような
そんな衝撃を受けた

僕はわいてくる涙を抑えるのに必死だった

母はこんな僕のことを
本当に素晴らしい人間だと思ってくれてるんだ…

あとで隠れてひとりで泣いた


翌日から僕はタバコをやめた

万引きもやめた

仲間たちからも抜けた

その後
中学校を卒業した僕は高校に入ったが
肌が合わなくて中退した

そして仕事に就いた

その時も母はこう言ってくれた

「大丈夫、お前は素晴らし、いんだから」


僕は心に誓った

「ここからは僕が頑張ってお母さんに楽をしてもらうぞ」

だけどなかなか仕事を覚えられなくてよく怒鳴られた

「何度おなじこと言わせるんだ!」

「すこしは頭を働かせろ!」

「お前は本当にダメなやつだな!」

怒鳴られるたびに落ち込んだけど

そんなとき 僕の心には
母の声が聞こえてきた

「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」


この言葉を何度も噛み締めた

そうすると元気がわいてきた

勇気もわいてきた

「いつかきっと 僕自信の素晴らしいさを証明して
 お母さんに見せたい」

そう考えると
僕はどこまでも頑張れた


仕事を始めて
半年くらいた経ったときのことだった

仕事を終えて帰ろうとしたら社長がとんできて言った

「お母さんが事故にあわれたそうだ
 すぐに病院に行きなさい」


病院に着いたとき

母の顔には白い布がかかっていた

僕はわけがわからなくて
何度も「おかあさん!」と叫びながら
ただただ泣き続けた


僕のために身を粉にして働いてくれた母

縫いものの内職をしているときの母の丸くなった背中を思いだした

母は何を楽しみにして頑張ってくれたんだろう?

これから親孝行出来ると思ったのに

これから楽させてあげれると思ったのに


葬式のあとで親戚から聞いた

母が
実の母でなかったことを

実母は僕を産んだときに亡くなっらしい

母はそのことをいつか僕に言うつもりだったんだろう

もしそうだったら僕はこう伝えたかった

「血はつながってなくてもお母さんは僕のお母さんだよ」


あれから月日が流れ、僕は35歳になった

今、あらためて

母にメッセージを送りたい



『お母さんへ』


お母さん
僕とは血がてながっていなかったんだね

そんな僕のためにお母さんは
昼も夜も働いてくれたんだね

そしてお母さんはいつも言ってくれた

『お前は素晴らしいんだから』って

その言葉がどんなに僕を救ってくれたか

どんなに僕を支えてくれたか


あれから僕なりに成長し
今は結婚して子供もいるよ

まだまだ未熟な僕だけど
僕なりに成長してきたと思う

その成長してきた姿を
お母さんに見せたかったよ

『おまえは素晴らしい』って言ってくれたお母さん

その言葉は間違っていなかったって証拠を見せたかった

そしてそれを見せれないことが残念だった


だけど
最近気づいたんだ

お母さんは最初から
僕の素晴らしさを見てくれていたんだよね

証拠なんてなくても
心の目でちゃんと見てくれてたんだよね

だってお母さんが
『おまえは素晴らしいんだから』って言うときは
まったくの迷いがなかったから

お母さんの顔は確信に満ちていたから


僕も今
社員たちと接していて
ついついその社員の悪いところばかりに

目が行ってしまうことがある

ついつい怒鳴ってしまうこともある

だけどお母さんの言葉を思い出して
心の目でその社員の素晴らしさを見直すようにしているんだ

そして心を込めて言うようにしている
『きみは素晴らしい』って

おかげで社員達ともいい関係が築け、楽しく仕事をしているよ

これもお母さんのおかげです


お母さん

血はつながっていなくても
僕の本当のお母さん

ありがとう


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編集 / 2014.01.13 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑

世界がもし100人の村だったら

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

もし 現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、

全世界を人口100人の村に縮小するとしたらどうなるでしょう。


その村には・・・・


57人のアジア人

21人のヨーロッパ人

14人の南北アメリカ人

8人のアフリカ人がいます。


52人が女性で

48人が男性です。


70人が有色人種で

30人が白人


70人がキリスト教徒以外の人たちで

30人がキリスト教徒


89人が異性愛者で

11人が同性愛者


6人が全世界の富の59パーセントを所有し、

その6人ともがアメリカ国籍


80人は標準以下の居住環境に住み

70人が文字が読めない

50人は栄養失調で苦しみ

ひとりが瀕死の状態にあり、ひとりは今、生まれようとしている

ひとり(そう、たったひとり)は大学の教育を受け

そしてたったひとりがコンピューターを所有している


もしこのように縮小された全体図からわたしたちの世界を見るなら、


相手をあるがままに受け容れること、

自分と違う人を理解すること

そして そういう事実を知るための教育が

いかに 必要かは火を見るより明らかです。


また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。


もしあなたが今朝、目覚めた時、

病気でなく健康だと感じること が出来たなら・・・


あなたは 今週生き残ることのできないであろう

100万人の人たちより恵まれています


もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や、

獄門の苦悩、 あるいは餓えの悲痛を

一度も経験したことがないのなら・・・・・ 


世界の5億人の人たちより恵まれています


もしあなたがしつこく苦しめられることや、

逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに

教会のミサに行くことが出来るなら・・


世界の30億の人たちより恵まれています


もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、

頭の上には屋根があり、 寝る場所があるなら・・・・


あなたはこの世界の75パーセントの人々より裕福です


もし銀行に預金があり、お財布にもお金があり、

家のどこかに小銭の入ったいれ物があるなら・・・・・


あなたはこの世界の中で

最も裕福な上位8パーセントのうちの一人です


もしあなたの両親がともに健在で、

そして二人がまだ一緒なら・・・・・


それはとても稀なこと


もしこのメッセージを読むことができるなら、

あなたはこの瞬間、2倍の祝福を受けるでしょう。


なぜならあなたのことを思ってこれを伝えている誰かがいて、

その上、あなたは全く文字の読めない

世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです


昔の人がこういいました。

わが身から出づるものはいづれわが身に戻り来る、と。


お金に執着することなく 喜んで働きましょう

かつて一度も傷ついたことがないかのごとく 人を愛しましょう

誰も見ていないかのごとく 自由に踊りましょう

誰も聞いていないかのごとく のびやかに歌いましょう

あたかもここが地上の天国であるかのように 生きていきましょう


このメッセージを人に伝えてください、

そしてその人の一日を照らしてください。


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編集 / 2014.01.12 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

今週のシステムの運用成績

カテゴリ: FX(システムの運用成績)

豪ドル円長期スイングトレード

トレードなし

2013年5月からの

トレード回数:2回
勝敗:2勝
勝率:100%
累計利益:1160pips
累計損失:0pips
最大ドローダウン:0pips
累計獲得pips:1160pips

NZドル円長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開

ユーロドル長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開


今週は米雇用統計の発表がありました。

予想よりも結果が悪かったこともあり、
ドル安から円高、ユーロ高となりました。

豪ドル円やNZドル円は動きがなく、
なかなかトレードの機会が巡ってきませんね。

──────────────
● 編集後記
──────────────

今週から今までとは趣向を変えて、
寒い季節にぴったりのハート・ウォーミングな
お話を紹介しています。

自分が書いた記事ではないからなのか、アクセスが激減。

まあそんなことはどうでもいいのですが、
これらの物語も昔から自分がずっと貯めていた内容です。

しかし、やはり自分の今の思考に
大きく影響を与えていることは間違いないので、
是非じっくり感情移入して読んでほしいと思います。


さて、9日まで北海道に行っていた話を書きます。

6日出発の3泊4日の旅行でした。

この時期、学生は学校が始まり、
社会人は仕事が始まるので、
飛行機、ホテル、観光地とも人はまばら。

ニセコなんてほとんど外国人しかいない(笑)

7月の沖縄の時もそうでしたが、
ロングバケーションが始まる前後に行くのが
安いし人は少ないしで賢明ですね。


今回JALパックを利用しましたけど、
往復航空券、移動バス、3泊分のホテル代、
毎日の朝食と1回分の夕食付きで、
なんと一人たったの4万円でした。

これ、すごくないですか?

普通JALに乗ったら、
北海道の往復運賃だけでそれくらいかかりますよ。

やはり人が少なくなるシーズンは狙い目ですね!


今回の旅行は、最初の2日間はニセコでスノーボード、
3日目に小樽と札幌観光、
4日目は札幌でゆっくりしてました。

特にニセコのパウダースノーは最高ですね!

スノボ・スキーをしている人は絶対ニセコは行った方がいいですよ。

他のゲレンデなら立ち入り禁止の森の中も
余裕で入って滑れます(ニセコルールの範囲内で)。

どんなに圧雪してもまたどかっと雪が降るから、
常にコースはふかふかで、
雪が軽いので雪しぶきがふわっと舞います。


来年も絶対北海道に行こうと思いました。

この記事を読んでいる人で、
北海道に行ってみたいという人がいればご連絡ください!
(スキー・スノボをする人でお願いします)

3月は比較的時間が空いているので、
誰か行けそうな人がいれば北海道ツアーを企画したいと思います。


来年の目標として、
オーストラリア・ハワイ・グアム・サイパン辺りに行ってみたいと思います。

片道2万円で行ける飛行機もあるみたいだし、多分行くでしょうね(笑) ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.11 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

マザーテレサの愛の言葉

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしてもおそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
けり返されるかもしれません。



でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。


気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。



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出会い

ふたりの出会いに感謝することは大切なこと--。
いくつもの偶然が重なって出会えたこと。
自分が違う選択をしてたら出会えなかったこと。
こんなたくさんの人の中から出会えたこと。
ひとつでもズレていれば、出会えなかった。

そんなことを考えていると、
相手への想いが変わる。
大切に思える。
やさしい気持ちになる。

偶然が当たり前になるとき、
人は、それを大事にしなくなる。
最初の気持ちを持ち続けることは難しい。

そんなときに、もう一度だけ考えてほしい。
この広い地球で、二人が出会えた喜びを
体中に感じたときのことを--。
感謝したときのことを--。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.10 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

インド代表 チプコのメッセージ

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

私たちはチプコと呼ばれている。

チプコはインド語で「抱きつく」という意味。

私たちは、木が切られないように、木に抱きつく。

木とともに切られて、すでに200人が死んだ。

今、あなたがたの国からたくさんの人が来て、たくさんの木を切り、
たくさんのダムを作ろうとしている。

ダムができると森が沈み、私たちは生きていけない。

このようなことが行なわれないために、私たち10万人のチプコは、
水に沈む覚悟をした。

よく聞いてほしい。

私たちは決して貧しくない。

私たちは豊かだ。

私たちは何も欲しくない。

ダムも電気もお金も。


あなた方は、“経済”という宗教にとりつかれてしまった。

あなた方の神様は“お金”、儀式は“開発”、生けにえは“地球”。

その神様からの贈り物は、“飢え”と“公害”と“戦争”。

開発は自然を殺し、一時の富をもたらすが、永遠の生活と幸せを失う。

私たちは、開発ではなく幸せを求めている。

小さな土地と小さな水、そして小さな食べ物で十分なのだ。

幸せはお城の中ではなく、自然の中にある。

悩みは欲の中にあり、幸せとは欲から開放されることだ。

あなた方はどうして、その当たり前のことを忘れてしまったのか?

あなた方はどこに行くのか?

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 (「美しい地球を子どもたちに」 ネットワーク地球村 刊 より)


現在、インドのナマルダ渓谷に、3000のダムを作り、100の村、10万人
の先住民族を水に沈める開発が進められているそうです。
これには日本のODA(途上国支援)が大きく関与しているとのこと。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.09 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

12歳の少女の伝説のスピーチ

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

こんにちは、セヴァン・スズキです。

エコを代表してお話しします。

エコというのは、子供環境運動(エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼェーション)の略です。

カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。

あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、自分たちで費用をためて、カナダからブラジルまで1万キロの旅をして来ました。


今日の私の話には、ウラもオモテもありません。

なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。

自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとはわけがちがうんですから。


私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。

世界中の飢えに苦しむ子どもたちのためです。

そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。


太陽のもとにでるのが、私はこわい。

オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。

空気にどんな毒が入っているかもしれないから。

父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。

数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。

そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。

それらは、もう永遠にもどってはこないんです。


私の世代には、夢があります。

いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。

でも、私の子どもたちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?

あなたがたは、私ぐらいのとしの時に、そんなことを心配したことがありますか。


こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起こっているのに、私たち人間ときたら、まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。

まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。

でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。

あなたがたもよい解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。

死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。

絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。

そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのかあなたは知らないでしょう。


どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。


ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。

あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。

でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、おばであり、おじなんです。

そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。


私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。

そうです50億以上の人間からなる大家族。

いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。

国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。

私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。

私は怒っています。

でも、自分を見失ってはいません。

私は恐い。

でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私は恐れません。


私の国でのむだ使いはたいへんなものです。

買っては捨て、また買っては捨てています。

それでも物を浪費しつづける北の国々は、南の国々と富を分かちあおうとはしません。

物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。


カナダの私たちは十分な食物と水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。

時計、自転車、コンピューター、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。


2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。

ひとりの子どもが私たちにこう言いました。


「ぼくが金持ちだったらなぁ。

 もしそうなら、家のない子すべてに、
 食べ物と、着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」


家もなにもないひとりの子どもが、分かちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。


これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だということが、私の頭をはなれません。

どこに生れついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。

私がリオの貧民窟に住む子どものひとりだったかもしれないんです。

ソマリアの飢えた子どもだったかも、

中東の戦争で犠牲になるか、インドでこじきをしてたかもしれないんです。


もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。

私はまだ子どもだけどこのことを知っています。


学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。

たとえば、
 

争いをしないこと

話しあいで解決すること

他人を尊重すること

ちらかしたら自分でかたずけること

ほかの生き物をむやみに傷つけないこと

分かちあうこと

そして欲ばらないこと


ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。


なぜあなたがたがこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。

そしていったい誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。

あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。

親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子供たちをなぐさめるものです。

あるいは、「できるだけのことはしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているようです。

おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。


父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。

しかしあなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。

あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。

しかし、私はいわせてもらいたい。

もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。


最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。


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編集 / 2014.01.08 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

乞食の天使

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

いつもよく働く靴屋のもとへ、あるとき、天使が現れました。

乞食の姿になって・・・。

靴屋は乞食の姿を見ると、うんざりしたように言いました。


「おまえが何をしにきたかわかるさ。

 しかしね、私は朝から晩まで働いているのに、
 家族を養っていく金にも困っている身分だ。

 ワシは何も持ってないよ。

 ワシの持っているものは二束三文のガラクタばかりだ」


そして、嘆くように、こうつぶやくのでした。


「みんなそうだ、こんなワシに何かをくれ、くれと言う。

 そして、いままで、ワシに何かをくれた人など、いやしない・・」


乞食は、その言葉を聞くと答えました。


「じゃあ、私があなたに何かをあげましょう。

 お金にこまっているのならお金をあげましょうか。

 いくらほしいのですか。言ってください」


靴屋は、面白いジョークだと思い、笑って答えました。


「ああ、そうだね。じゃ、百万円くれるかい」


「そうですか、では、百万円差し上げましょう。

 ただし、条件が1つあります。

 百万円の代わりにあなたの足を私にください」


「何!? 冗談じゃない!

 この足がなければ、
 立つことも歩くこともできやしないんだ。

 やなこった、たった百万円で足を売れるもんか」


乞食はそれを聞くと言いました。


「わかりました。

 では、一千万円あげます。

 ただし、条件が1つあります。

 一千万円の代わりに、あなたの腕を私にください」


「一千万円・・・!?

 この右腕がなければ、仕事もできなくなるし、
 可愛い子どもたちの頭もなでてやれなくなる。

 つまらんことを言うな。

 一千万円で、この腕を売れるか!」

 
乞食はまた口を開きました。


「そうですか、じゃあ、一億円あげましょう。

 その代わり、あなたの目をください」


「一億円・・・!?

 この目がなければ、
 この世界の素晴らしい景色も、
 女房や子どもたちの顔も見ることができなくなる。

 駄目だ、駄目だ、一億円でこの目が売れるか!」


すると、乞食は靴屋をじっとみつめて言いました。


「そうですか。

 あなたはさっき、
 何も持っていないと言っていましたけれど、
 本当は、お金には代えられない価値あるものを
 いくつも持っているんですね。

 しかも、それらは全部もらったものでしょう・・・」


靴屋は何も答えることができず、しばらく目を閉じ、考えこみました。

そして、深くうなずくと、心にあたたかな風が吹いたように感じました。

乞食の姿は、どこにもありませんでした。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.07 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

エルトゥールル号の遭難

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

和歌山県の南端に大島がある。
その東には灯台がある。

明治3年(1870年)にできた樫野崎灯台。
今も断崖の上に立っている。

びゅわーんびゅわーん、猛烈な風が灯台を打つ。
どどどーんどどどーん、波が激しく断崖を打つ。

台風が大島を襲った。
明治23年9月16日の夜であった。

午後9時ごろ、どどかーんと、風と波をつんざいて、
真っ暗な海のほうから音がした。
灯台守(通信技手)ははっきりとその爆発音を聞いた。

「何か大変なことが起こらなければいいが」灯台守は胸騒ぎした。

しかし、風と、岩に打ちつける波の音以外は、
もう、何も聞こえなかった。

このとき、台風で進退の自由を失った木造軍艦が、
灯台のほうに押し流されてきた。
全長76メートルもある船。
しかし、まるで板切れのように、風と波の力でどんどん近づいた。

灯台のある断崖の下は「魔の船甲羅」と呼ばれていて、
海面には岩がにょきにょき出ている。

ぐうぐうわーん、ばりばり、ばりばりばり。
船は真っ二つに裂けた。
その瞬間、エンジンに海水が入り、大爆発が起きた。
この爆発音を灯台守が聞いたのだった。

乗組員全員が海に放り出され、波にさらわれた。
またある者は自ら脱出した。真っ暗な荒れ狂う海。
どうすることもできない。波に運ばれるままだった。

そして、岩にたたきつけられた。
一人の水兵が、海に放り出された。
大波にさらわれて、岩にぶつかった。

意識を失い、岩場に打ち上げられた。

 「息子よ、起きなさい」

懐かしい母が耳元で囁いているようだった。

 「お母さん」

という自分の声で意識がもどった。
真っ暗な中で、灯台の光が見えた。

 「あそこに行けば、人がいるに違いない」

そう思うと、急に力が湧いてきた。

40メートルほどの崖をよじ登り、
ようやく灯台にたどり着いたのだった。

灯台守はこの人を見て驚いた。
服がもぎ取られ、ほとんど裸同然であった。
顔から血が流れ、全身は傷だらけ、
ところどころ真っ黒にはれあがっていた。

灯台守は、この人が海で遭難したことはすぐわかった。

 「この台風の中、岩にぶち当たって、よく助かったものだ」

と感嘆した。

 「あなたのお国はどこですか」

 「・・・・・・」

言葉が通じなかった。

それで「万国信号音」を見せて、
初めてこの人はトルコ人であること、
船はトルコ軍艦であることを知った。

また、振りで、多くの乗組員が海に投げ出されたことがわかった。

 「この乗組員たちを救うには人手が要る」

傷ついた水兵に応急手当てをしながら、灯台守はそう考えた。

 「樫野の人たちに知らせよう」

灯台からいちばん近い、樫野の村に向かって駆けだした。
電灯もない真っ暗な夜道。
人が一人やっと通れる道。

灯台守は樫野の人たちに急を告げた。

灯台にもどると、10人ほどのトルコ人がいた。
全員傷だらけであった。助けを求めて、
みんな崖をよじ登ってきたのだった。

この当時、樫野には50軒ばかりの家があった。

船が遭難したとの知らせを聞いた男たちは、
総出で岩場の海岸に下りた。

だんだん空が白んでくると、
海面にはおびただしい船の破片と遺体が見えた。
目をそむけたくなる光景であった。

村の男たちは泣いた。
遠い外国から来て、日本で死んでいく。
男たちは胸が張り裂けそうになった。

 「一人でも多く救ってあげたい」

しかし、大多数は動かなかった。
一人の男が叫ぶ。

 「息があるぞ!」

だが触ってみると、ほとんど体温を感じない。
村の男たちは、自分たちも裸になって、乗組員を抱き起こした。
自分の体温で彼らを温めはじめた。

 「死ぬな!」
 「元気を出せ!」
 「生きるんだ!」

村の男たちは、我を忘れて温めていた。

次々に乗組員の意識がもどった。
船に乗っていた人は600人余り。
そして、助かった人は69名。

この船の名はエルトゥールル号である。

助かった人々は、樫野の小さいお寺と小学校に収容された。

当時は、電気、水道、ガス、電話などはもちろんなかった。
井戸もなく、水は雨水を利用した。
サツマイモやみかんがとれた。
漁をしてとれた魚を、対岸の町、串本で売ってお米に換える貧しい生活だ。

ただ各家庭では、にわとりを飼っていて、非常食として備えていた。

このような村落に、69名もの外国人が収容されたのだ。
島の人たちは、生まれて初めて見る外国人を、
どんなことをしても助けてあげたかった。

だが、どんどん蓄えが無くなっていく。
ついに食料が尽きた。
台風で漁ができなかったからである。

 「もう食べさせてあげるものがない」

 「どうしよう!」

一人の婦人が言う。

 「にわとりが残っている」

 「でも、これを食べてしまったら・・・・・」

 「お天とうさまが、守ってくださるよ」

女たちはそう語りながら、最後に残ったにわとりを料理して、
トルコの人に食べさせた。

こうして、トルコの人たちは、一命を取り留めたのであった。

また、大島の人たちは、遺体を引き上げて、丁重に葬った。

このエルトゥールル号の遭難の報は、
和歌山県知事に伝えられ、そして
明治天皇に言上された。

明治天皇は、直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。

さらに礼を尽くし、
生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せて、
トルコに送還なされた。

このことは、日本じゅうに大きな衝撃を与えた。
日本全国から弔慰金が寄せられ、
トルコの遭難者家族に届けられた。



次のような後日物語がある。

イラン・イラク戦争の最中、1985年3月17日の出来事である。
イラクのサダム・フセインが、

 「今から48時間後に、
  イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」

と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。

日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。
その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。
しかし、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。

世界各国は自国の救援機を出して、救出していた。
日本政府は素早い決定ができなかった。
空港にいた日本人はパニック状態になっていた。

そこに、二機の飛行機が到着した。
トルコ航空の飛行機であった。

日本人二百十五名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。
タイムリミットの1時間15分前であった。

なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、
日本政府もマスコミも知らなかった。

前・駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。

 「エルトゥールル号の事故に際し、
  大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、
  今もトルコの人たちは忘れていません。

  私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。
  トルコでは、子どもたちさえ、
  エルトゥールル号のことを知っています。

  今の日本人が知らないだけです。

  それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、
  トルコ航空機が飛んだのです。」 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.06 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

駄菓子屋のおばあちゃん

カテゴリ: 人生に悩んだ時に読む話

それは、多くの人を支えた、私の故郷にある駄菓子屋さんのお話。


私は子どもの頃、引っ込み思案で友だちも少なく、
家庭が荒れていたこともあり、行き場所がありませんでした。

たくさんのお菓子や貸し本がある駄菓子屋さんは
当時の私にとって現実を忘れるオアシスでした。

少ないお小遣いを握りしめて、
いつも駄菓子屋さんに通っていました。


駄菓子屋さんのおばあちゃんは、
いつもにこにこしながら私を迎えてくれました。

1日10円しか買い物をしない客、
利益にしたら数円にしかならない客である私を、
笑顔で包み込んでくれました。

そして、お金を渡すときに触れるおばあちゃんの手は、
しわしわでしたがとても温かく、
手のぬくもりを通じて心まで抱いてくれていました。


雨の日も雪の日も、毎日その駄菓子屋さんに通っていました。


時を経て、ようやく友達もできはじめ、
その駄菓子屋さんに毎日通うこともなくなりましたが、
たまに行ったときも、

「よく来たね。お友達増えてよかったね。またいつでもおいで。
 私はこのお店にいつもいるからね」

と言ってくれて、いつも温かく見守ってくれていました。

幼稚園児、小学生、中学生、そして大人も、
お店には世代を超えて多くの人たちが出入りしていました。

私だけでなく、多くの人にとって、その駄菓子屋さんは、
もう一つの我が家となっていました。


そして私にとっては、自分を認めてくれる場所でもありました。

帰るべき場所を見つけた安心感が、私を羽ばたかせてくれました。


あるとき、お店が休みになっていました。


12年間で一日も休んでいないお店が休みになった知らせは、
またたく間に街じゅうに広がりました。

皆がおばあちゃんのことを心配していたら、
その心配は現実のものとなりました。


その日、おばあちゃんが静かに旅立たれたのです。

とても綺麗な笑顔だったそうです。

皆が悲しみに暮れていました。

街は灯を失ったように暗くなっていました。


その後、ご遺族の方がお店を閉める準備をはじめました。

そのとき、その町で育った大人たちが言いました。


「おばあちゃんが遺してくれた灯を灯しつづけたい。
 私たちの手でこのお店を続けよう。
 私たちが毎日、交代で店にいるから、ぜひ続けたい」 と。

おばあちゃんの店は、おばあちゃんが温かく見守りつづけた
「子供たち」に受けつがれました。


駄菓子を見ると、ふと思い出すおばあちゃんの話。

今にして思えば、私はお菓子が欲しいわけでもなく、
本を読みたいわけでもなく、
おばあちゃんの温かい手に触れたかったために
毎日通っていたのだな・・・と思います。

そして、いつも笑顔で温かく迎えてくれる
おばあちゃんの笑顔に会いにいっていたのだとも思います。

私たちの街の子供たちを温かく包んでくれたおばあちゃんの笑顔は、
多くの子供たちの希望の灯となって今も私たちの心に灯っています。


「いらっしゃい」という優しい声とともに。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.05 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

今週のシステムの運用成績

カテゴリ: FX(システムの運用成績)

豪ドル円長期スイングトレード

トレードなし

2013年5月からの

トレード回数:2回
勝敗:2勝
勝率:100%
累計利益:1160pips
累計損失:0pips
最大ドローダウン:0pips
累計獲得pips:1160pips

NZドル円長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開

ユーロドル長期スイングトレード:

メルマガ購読者のみ公開


年末年始はトレードをしている人が少なく、
どうしても相場は荒れやすくなります。

毎年のことながら大きく上下動するので、
様子を見ておくのが無難ですね。

豪ドルはなかなかトレンド発生の兆しを見せないので、
トレードをする機会が恵まれず、
長らく様子見が続いています。

──────────────
● 編集後記
──────────────

今週から成功法則の記事を書いています。


成功者というのは短期的に成功した人を言うのではなく、
長期的に成功している人のことです。

つまり、日々の習慣が結果となって表れている人のことですね。

成功の定義は、達成したことを継続することと捉えてもいいかもしれません。


すなわち、例えばダイエットに成功したというのは、
○○kg痩せたとか、○○kgになった、
そして、その体重を維持し続けること、
これができて初めて成功したと言えるでしょう。

痩せても元に戻るというのは、
それは痩せた状態を続ける習慣ができていない証拠です。


さて、年末年始はいかがお過ごしでしょうか。

僕は初日の出を見に行こうと天橋立まで行きましたが、
当日はあいにく曇りで初日の出を拝むことができませんでした。

翌日は福井県のスキージャム勝山でスノボを楽しみました。

なので、ブログの更新ができず、
今回初めて未来記事という形で予約投稿してみました。

6日からは3泊4日で北海道に行ってきますが、
6日からも予約投稿しておこうと思います。


明日からは、また別のカテゴリを作って記事を書いていきますので、
どうぞお楽しみに。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.04 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

レジ打ちの仕事から生まれるオンリーワンの行動(解説編)

カテゴリ: ├オンリーワンの行動事例

前回の記事
「レジ打ちの仕事から生まれるオンリーワンの行動」
は読みましたか?

前回の記事を読んでからこの記事を読んでくださいね。


レジの仕事一つでお客さんの心を掴んだ、
心温まるストーリーでしたね。

ただ、
「ああ読んで良かった」
で済ましてしまうのはもったいないと思います。

このストーリーから成功哲学を学ばなければなりません。


このストーリーに登場するレジの女性が、
お客さんを観察せず、
お客さんとコミュニケーションを取るという行動をしていなかったら、
このような感動的なストーリーは生まれなかったでしょう。


何をやっても長続きしないと思いこんでいた女性が、
ピアノだけは続けていたことを思い出したこと。

そこからレジ打ちもキーを見ずに打てるようになるはずだと気付いたこと。

キーを見ずに打てるようになったので、
周りの様子を見る余裕ができることに気付いたこと。

レジでお客さんとコミュニケーションを取るという行動が、
見事に彼女をオンリーワンの存在にさせました。


それによって、お客さんの行動も変わったことに気付いたでしょうか。


スーパーといえば価格競争が激しい業界です。

ということは、スーパーに来るお客さんも、
安さを第一に考えるはずです。


しかし、後半のお客さんのセリフで、

 「放っといてちょうだい!
  私はここへ買い物に来ているんじゃない。
  あの人としゃべりに来ているんだ。
  だからこのレジじゃないとイヤなんだ」

 「特売は他のスーパーでもやっているよ。
  だけど私は、このおねえさんと話をするために
  ここへ来ているんだ。
  だからこのレジに並ばせておくれよ」


と、安いものを買うためじゃなく、
レジの女性と話をするためにスーパーに来ていることが分かります。

それが、他のレジは空いているのに、
その女性のレジだけが行列を作っているという結果となって表れています。

このスーパーにとって、
この女性の存在はなくてはならないものとなっていますね。


値引きや安売りセールをしなくてもお客さんが買いに来てくれる、
これも一つのブランドの確立と言っていいでしょう。

レジという仕事一つでも、
お客さんの心を掴み、ファンを作り、
ブランド化をすることだってできるのです。


これを読んでいるあなたが、もし販売業をされているなら、


「物を売ることを目的とする、お客さんに来てもらうためになるべく安く売る」


という視点から、


「お客さんを喜ばせることを目的とする」


という視点で働いてみてはどうでしょうか。


何も安く売ることだけが、
お客さんを喜ばせる唯一の方法ではないのですから。

きっと見える世界が大きく変わってくると思います。 ブログランキング・にほんブログ村へ

編集 / 2014.01.03 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

レジ打ちの仕事から生まれるオンリーワンの行動

カテゴリ: ├オンリーワンの行動事例  / テーマ: 日記  / ジャンル: アフィリエイト

その女性は、何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て、
サークルに入っても、すぐに嫌になって、
次々とサークルを変えていくような人でした。

それは、就職してからも同じでした。

最初の会社は3ヶ月。
…上司との衝突が原因でした。

次の会社は半年。
…自分が思っていた仕事と違う、というのが理由でした。

そんなことを繰り返すうちに、
彼女の履歴書には、わずかで辞めてしまった会社の名前が
ずらっと並ぶようになってしまいました。

そうなるとどの会社も正社員としては雇ってくれません。
彼女は派遣会社に登録しました。

しかし、派遣会社でも長続きしません。
履歴書には、また、派遣先のリストが
次々と追加されていきました。

今度の派遣先はスーパーでした。
仕事内容は「レジ打ち」。

今のようにパーコードなんてない時代です。
当時のレジは、電卓のように、
ひとつひとつキーを打たなければならなかったのです。

勤めはじめて1週間…
仕事に慣れてきた彼女は、だんだん飽きてきてしまったのです。

 「私はこんな単純作業をするために、いるのではない!」

…辞表を書いてみたものの、
正直なところ、彼女自身も、
仕事も長続きせず、
我慢のできない自分が嫌いになっていました。

どうしようかと思っていた矢先にかかってきた
田舎の母親からの電話。


 「帰っておいでよ」


母のやさしい声に、決心がつきました。
もう、田舎に戻るつもりで部屋の片づけを始めたのです。
片づけをはじめてしばらくすると、
昔の日記が出てきました。

パラパラとめくっているうちに、
小学生の時に書いた言葉が、
彼女の目に飛び込んできたのです。


 「ピアニストになりたい」


…彼女は思い出しました。
ピアノの稽古だけは、辞めずに続けていたのです。

そして、「夢を追いかけていた心」を思い出したのです。

 「あんなに希望に燃えていた自分が
  今はどうだろうか。情けない。
  そして、また逃げようとしている…」

彼女は泣きながら母親に電話をしました。


 「私、もう少しここで頑張る」


辞表を破り、スーパーに出勤した彼女は
レジ打ちをしながら、ある考えが浮かびます。

 「ピアノも練習を重ねるうちに、
  キーを見なくても打てるようになったんだ。
  
  私流にレジ打ちを極めてみよう!」

彼女は数日で、ものすごいスピードで
レジ打ちができるようになりました。

すると、今まではレジのボタンしか見ていなかった彼女が
今まで見もしなかったところへ目が行くようになったのです。

 「あのお客さんは昨日もきていたな」
 「この人は、閉店間際に来る」
 「この人は、高いものしか買わない」

そんな風にお客さんを見ることが
彼女の楽しみのひとつになりました。


…そんなある日、
いつもは安いものばかりを買うおばあちゃんが、
5,000円もする立派なタイを持って
レジに来たのです。

ビックリした彼女は思わず声を掛けます。

 「今日は何かいいことあったんですか?」

するとおばあちゃんは嬉しそうに言いました。

 「孫がね、水泳で賞を取ったから、お祝いなんだよ」

彼女は、嬉しくなって言いました。

 「それはおめでとうございます!」

お客様とのコミュニケーションが楽しくなった彼女は、
すっかりお客さんの顔と名前を憶え、

 「○○さん、今日はこのチョコよりも、もっと安いチョコが出てますよ」
 「今日はマグロよりもカツオのほうがいいわよ」

などと言うようになったのです。
彼女はだんだんこの仕事が楽しくなってきました。


そんなある日のこと。
彼女が忙しくレジ打ちをしていると、
店内放送が響きました。

 「本日は、混み合いまして、誠に申し訳ございません。
  どうぞ、空いているレジにお回りください」

しばらくすると、また放送が響きました。

 「重ねて申し上げますが、
  どうぞ、空いているレジにお回りください」

…3回目のアナウンスを聞いて、
彼女は何かおかしいと気づき、
周りを見渡して、…驚きました。

他のレジが全部空いているのに、
彼女のレジにしかお客さんが並んでいなかったのです。

…店長があわてて、お客さんに駆け寄り声を掛けます。

 「どうぞあちらへお回りください」

するとお客さんは、

 「放っといてちょうだい!
  私はここへ買い物に来ているんじゃない。
  あの人としゃべりに来ているんだ。
  だからこのレジじゃないとイヤなんだ」

その瞬間、彼女はワッと泣き崩れました。
他のお客さんも言いました。

 「特売は他のスーパーでもやっているよ。
  だけど私は、このおねえさんと話をするために
  ここへ来ているんだ。
  だからこのレジに並ばせておくれよ」

彼女はポロポロと泣き崩れたまま、
レジを打つことができませんでした。

仕事というのは
これほど素晴らしいものなのだと初めて気づいたのです。

そうです。
すでに彼女は、昔の自分ではなくなっていたのです。


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編集 / 2014.01.02 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

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